
こんにちは! ようこそ うるぱなブログ へ!
沖縄の離島で、台湾の大学を目指す高校生の娘を応援しながら、
母の目線で書いています
娘は高校3年生になりました
子供の「居場所」についてまた書いてみたいと思います。
娘が小学生だった頃、
小学校のすぐ向かいに「放課後児童センター」ができました。
募集のお知らせなどもありました。
でも、私は娘を行かせようとは思いませんでした。
理由は、とてもシンプルです。
学校の目の前にある施設には、学校と同じメンバーが集まる。
それが、目に見えていたからです。
私が初めての(そして最初で最後になった)子育てで考えていたのは、「家と学校以外の居場所を娘に持たせたい」ということでした。
その居場所を選ぶとき、大切にしていたことがあります。
それは、「家や学校とは、別の顔ぶれがいる場所」であること。
ほかにもいくつかのポイントがありましたが、メンバーの違いというのはとても重要だと思っていました。
同じ理由で、部活動も居場所の候補にはしていませんでした。
学校が終わって、また同じ学校の同じようなメンバーと過ごす。
結局は学校の延長線上にすぎないな、と考えていたからです。
私が部活動を娘に勧めなかった理由は、ほかにいろいろと自分の経験からの考えがあるのですが…
そんなわけで、娘は家と学校のほかにいくつかの居場所を持っていました。
民間の学童。週二回の公文。週一回のスイミング。
同じ学校の子も少しはいるのですが、多くはほかの学校の子供たちで、学年も様々。
学童はイベントも多くてわちゃわちゃしていて、一人っ子の娘にはたくさんの兄弟がいるみたいでした。
公文にもいろんな学年の子供たちがいるのですが、基本は自学自習。素晴らしい先生方が娘に寄り添ってくださり、自分との戦いを乗り越えていく姿が感動的でした。
スイミングでは思いっきり泳いで体力を発散し、同時に体を鍛えて基礎体力をつけ、泳力テストで級をあげながら自信をつけていきました。
娘はそれぞれの場所でいろいろな子供や大人と接しながら、すくすくと成長していきました。
それぞれに月謝がかかり、送迎もしなくてはならず、親にとっては決して楽な選択ではありませんでした。
定期的に、さりげなく、本人に「まだ続ける?」と聞いてみるのですが、本人は「やめたくない!」
娘にとって大事な場所だと自分でも感じているのでしょう…
それなら親はお金と送迎を頑張るしかないか!
そうやって、なんとか続けてきました。
今の娘を見ていると、家と学校以外の世界をなるべく幅広く持たせてあげたい、という子育ての方法は間違っていなかったように思います。
良いことも悪いこともあったけれど、そこから娘も私もいろいろなことを学びました。
娘はこれからもたくさんの人たちとかかわりあいながら、学びながら、いつも幸せに生きて行けるような気がします。
それと同時に、親としての私は、本当に多くの人たちが私の子育てにかかわってくださった、そのことに感謝の気持ちでいっぱいです。


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